12
広間での夕食もすみ夜もどっぷり更けたころ。
再びバスに乗り込むニコガク生徒はチラチラと見える真っ暗な中の光に歓声を上げ、徐々にボルテージを上げていった。
「おおースゲェスゲェ!バカにしてゴメン夜景!」
「さっすが三大夜景!よっ日本一!」
「ぎゃははっ」
夜の町に出て行きたかった俺たちは口々に夜景なんてと言ってたけど、山の頂上についた途端に飛び込んできた光の海に歓声を上げてバスから飛び出ていった。日が暮れてからどんどん下がっていった気温もはねのけて、手すりから身を乗り出して遠くの町や海を見下ろす。
「てかさっむーい!」
「だから言ったじゃん、寒いよって」
「入れてー!」
「あははっ」
しばらく経つとみんな、北海道の秋の夜の気温の低さに気づいて騒ぎだした。
近くでテンション高いクラスの女子たちが、ひとりあったかそうにストールを巻いてるに抱きつき一緒にストールを巻く。あーゆー女の行動は意味がわからない。
「っくしょいッ!」
「うお、キタネーなバカ」
「ワリ」
くしゃみをぶちかますとちょうど前にいた若菜が飛びのけ蹴りを入れてくる。かく言う俺もまさか山の上がこんだけ気温が下がるとは思わず、ホテルにいた時のままシャツ1枚だったせいで体がブルっと震えた。
夜景をバックにあちこちでデジカメやケータイカメラのシャッターが切られていたが、気がつけば騒いでた生徒たちがだんだん静かになっていた。ヤロー同士女同士で固まってるヤツらはいつまでも夜景の光に騒いでいるけど、気がつけばチラホラと男女の比率が高くなっていて、最初こそ夜景に声を上げてた俺たちはもうすっかり飽きて寒さのほうが勝っていた。
「桧山桧山ー」
「あー?」
「ちょっと来てにゃー」
「あ?なんだよ・・」
タバコ吸いてーなんて笑いながら若菜や新庄とベンチに座ってると、湯舟がうしろから俺を引っ張り連れられていった。なんだよと聞いてもいーからいーからとしか答えない湯舟が引っ張ってく先には岡田もいて、俺はさらに奥のほうへと連れられていく。
「おーこっちもスゲーじゃーん」
「わっ、ビックリしたー」
岡田と湯舟は真っ暗な中にいた3・4人の女たちの中にさりげなく割り込んでいった。
突然乱入してきて驚く女たちの、一番端にはもいて、あいつらのしようとしたことがようやくわかる。
「よく飽きねーな」
「え?あ、桧山君?」
手すりに腕を乗せながらのとなりに立つと、暗い中で俺だと分かったは見上げて笑った。
「飽きた?でもキレイでしょ?」
「5分見りゃじゅうぶんだろ」
「そんなことないよ、アレはなんの光かなーとかさ。あのへん今日いたあたりだよ?」
「どこ」
「あの黄色いとこと白いとこの間くらい。ほら、あのあたりは五稜郭」
「ぜんぜんわかりません」
「だからぁ、あそこが市街地なのね?」
遠くの黒の中の点々とした光を指差して、は身を乗り出して説明する。
細い指が空を切る必死の説明はやっぱりぜんぜん伝わってはこないけど。
「あれ・・・?」
「あ?」
ぽつりとつぶやいたに振り返ると、の反対側にいたはずの岡田たちが誰もいなくなっていた。
あたりを見渡しても暗がりの中で誰が誰かわからず、声も聞こえない。
あいつら・・・
「桧山君、寒くないの?」
「あ?めっちゃさみぃよ、鼻水止まんねぇ」
「北海道の夜をナメちゃいけないよ。あ、コレ、貸してあげる」
辺りを見渡すうちに改めて俺を見たは、巻いてた白いストールを解き俺に差しだした。
「いーよ、いらねぇ」
「カゼひくよ」
「ひかねーの、バカだから」
「なにそれ・・・、旅行中にカゼ引いたらソンじゃん。はい」
「いらねーって」
「大丈夫、私3枚着てるから寒くないの。はいどうぞ」
「・・・んな心配してねーよ。おい、」
ミニスカの下にちゃんとタイツまで履いてきたは、背伸びしながら俺の肩にストールをかける。
シャツの上からじわじわ襲ってきてた寒気はそれがかかった分だけあったまり、しょうがないから「どうも」ともらっておいた。
「・・・お前さ」
「うん?」
「あれからどーなった」
「何が?」
「高嶋」
またとなりで手すりに寄り遠くの街を見るの目がぼんやり光を映す。
「なにもないよ」
「お、ついに諦めたか」
「諦めたっていうか・・・、桧山君がしばらくなにもするなって言ったんだよ」
「んなこと言ったか?」
「言った!」
見たところと高嶋は、あれから話してるところは一切見ない。
は高嶋を避けてはいないからたまに関わることはどうしてもあるけど、高嶋の反応は決まってる。
けどもう学校で、少なくとも俺の前で、こいつが泣いてるとこはもう見ない。
「・・・あー、で、あっちは?」
あっち?とは首をかしげながら見上げてくる。
「だから・・・里な」
「!」
静かな夜の中でしか生きられないような俺のこもった声を、元気にかき消した、別の声。
「あっち見た?海のほう、スゴイよ」
「え?見てないけど・・・」
「来てみなよ、ほんとスゴイから。ごめん桧山」
俺たちのとこに走ってきた里中は、そうを、流れるように連れ去っていった。
は腕を引かれながらもこっちを振り返るけど、どうしようもなくそのまま連れて行かれた。
「あんのヤロ・・・」
あまりの呆気なさに血管を浮き上がらせると、突然近くではち切れんばかりの笑い声が沸き起こった。
暗闇だろうと分からないはずのない、バカげたいつもの笑い声・・・
「あっははは!ダッセー!桧山ダッセー!!」
「いー感じだったのになぁ!ざーんねーんでーしたー!」
「コソコソ見てんじゃねぇぞこのヒマ人どもがぁ!」
バタバタと逃げて行くヤツらは、ゲラゲラ笑いながらバスへ駆け込んでいった。
俺も、あいつらが笑い飛ばしたおかげで変に虚しさを背負うことなく、肩から落ちたストールをかけ直しバスへ入っていった。若菜と関川がバスの奥のほうへ入っていくと、すでに寒さに負けて奥に座ってた安仁屋と新庄もいて、俺も開いてる窓側の席に座った。
「桧山、お前そんなん持ってたっけか?」
「拾った」
「拾った?」
「拾ったぁ?」
「ひろったー?」
「うるせぇ殴っぞ」
行きは巻いてなかったはずの白いストールに安仁屋が目を付ける。
俺のてきとーな返答に面白がって周りのヤツらがくり返す。
するとその後で岡田と湯舟もバスに帰ってきて、俺に「見てたぞー」と笑ってきた。
「つーか里中も旅行中に決める気っぽいな」
「どーすんだよ桧山、ヤバいにゃー」
「知るか」
いつも以上にイライラを含んだ声で言うと、なにを感じ取ったか湯舟が静かに離れていった。
若菜たちのおかげで変に虚しくなることはなかったが、それ以外のどうしようもない苛立ちは残ってた。
あー、クソ。
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