13
深夜までのバカ騒ぎが祟って、翌日は御子柴に叩き起こされるまで誰も目を覚まさなかった。
あくびを引きずりながら朝メシを食べに行って、着替えて髪きめて集合時間ギリギリに全員部屋を出ていく。
「桧山、早く」
「今行くっつーの」
御子柴に急かされ、ベッドの上の白いストールを鷲掴んで部屋を出た。
ぞろぞろ出て行ったホテル前はすでに全生徒が集合していて、早く並べと急かされる俺たちはクラスの一番ケツに引っ掛かるように座った。自由時間中の課題や集合時間なんかが口うるさく説明される中、前のほうに見えるあの長い髪の頭は、となりの女に力なく寄りかかって話は聞いてなさそうだ。きのうといい、朝の弱いヤツ。
「御子柴ー、まずどこ行くんだー?」
「電車に乗るからまず駅!」
解散の声で立ち上がる生徒はそれぞれ決めたコースに則り散っていく。
御子柴の案内のまま歩き出す俺たちは、ニコガク生徒がごった返す駅へと入っていき、眠くてたまらないから御子柴に全員分の切符を買いに行かせて柱にもたれまたあくびを放った。
すると、他のヤツらがどんどん改札を通っていくおかげで人が減った券売機の前で、御子柴がと話してるのが目に入った。パンフレットを開いて券売機の掲示板を一緒に見上げて、が何か説明してる感じだった。
「あ、桧山ぁ、がいるにゃー」
「だからなんだよ」
「行かなくていーの?」
「なんでわざわざあいつに寄ってかなきゃなんねんだよ」
「だって」
俺のとなりで座りこんでる湯舟が、目線の高さにある俺の手を指差す。
完ぺき忘れてた。の白いストール。
「お前もいー加減認めたらどーよ」
「あ?」
「いくらお前の態度が分かりやすくったってには通じてねーんだよ?こないだ、桧山君ていい人だねーとか言ってたし。あれはハッキリ言わないとわかんねータイプだ」
「ポヤッとしてっからにゃー」
「こーゆー行事でくっつくヤツ多いんだし、ボヤボヤしてるとマジで里中に持ってかれっぞ」
「るせーな、余計なお世話なんだよお前らは」
顔を背けると、岡田と湯舟はヤレヤレというように肩をすくめた。
正直、自分でもよくわかんなかった。
今まであいつを気にかけてきたのは、あいつにそうさせる事情があったからで、それがただ単に目についただけなのか、あいつだから気になったのか。たしかに今でも何かとあいつのことを気にしたりイラついたりもあるけど、それが、ホレてるとか、そういうもんなのかも、よくわかんね・・・。
みんな行くよーと改札のほうから御子柴が呼んで、俺たちは御子柴が全員に配る切符を改札に通してホームに入っていく。買う切符から乗る電車までに教わったらしい御子柴は礼を言いながら手を振った。けどは、さっきの集合場所で一緒だった同じグループのヤツらは誰もいなくて、ひとりだった。
「はどこ行くの?」
「私はちょっと、別方向に」
「ひとりで?」
は御子柴の問いかけに、少しあやふやにうなづく。
そう言えばきのうバスの中で、行きたいところがあるとか何とか話してたっけか。
俺たちにバイバイと手を振るは走りこんできた電車に近づいていって、他の生徒がすし詰めのように乗ってる市電車両とは違う電車に乗りこんだ。
「桧山、ストール」
「分かってるようるっせぇな」
また湯舟に急かされ、俺は不機嫌にが乗った電車に近付いていった。
「」
呼びとめるとはすぐ振り返り、電車の扉口まで戻ってくる。
そのにストールを差し出すとはそれに目を留めパッと笑った。
「あそっか、桧山君に渡したままだったんだ。無くしたかと思っちゃった」
「忘れるか普通」
「あはは、よかったー、ありがとう」
礼を言うのは明らかにじゃないけど、はそんなことなにも考えずに受け取ってそれを首に巻いた。
すると俺たちの頭の上ででかい発車のベルが鳴り、会話が遮られる。
じゃあねとはまた手を振る。
俺も、ベルが鳴りやむ電車から離れようと一歩下がろうとした、そのとき。
「おわっ・・・!」
「キャッ」
ぐんと背中から大きな圧力がかけられ、扉を閉めようとする電車の狭い入口に俺は倒れそうになりながら、すぐ前にいたもろとも車内へなだれ込んだ。踏みとどまってバッと振り返ると、時間どおりに閉まっていく電車の扉の窓から、あいつらが全員そろってニヤニヤした顔で手を振っていた。怒鳴り散らしたい思いだったけど、扉の閉まった電車は当たり前に動き出し、ゲラゲラ笑って手を振ってるヤツらがいるホームはだんだん遠ざかり小さくなっていった。
「あいつらぁ・・・!」
「だ、大丈夫だよ、ちょっと遅くなるけど、次で降りて戻れば・・・」
たぶんこれをただの悪フザケと捉え、は必死に俺をフォローしてくる。
悪フザケに違いはないが、あいつらのあのしてやったり顔ときたら・・・!
「つかお前はどこ行く気なんだよ」
「私は、ちょっと行きたいところがあって・・・」
「行きたいとこって?」
「私、小学生の時に少しこっちに住んでたの。だからそのとき住んでたあたりまで行こうかなーって・・・」
「あ?」
それは初めて聞いたことだったが(当たり前)、どおりで電車や場所にくわしかったり、北海道の夜をナメんなとか言ってたわけだ。今さらナルホド合点がいった。
「えーと、じゃあ、一緒に行く?何もないところだけど」
「・・・」
まぁ、どーせ行くとこはないからいいけど。
そんなこんなで、結局俺は引き返すこともあいつらと合流を図ることもなく、そのままその電車に乗っていることにした。座席に座るとポケットでケータイが鳴り、湯舟から絵文字ふんだんに「ごゆっくり」、御子柴から「集合時間は14時厳守!」とメールが入ってきて、ケータイをへし折りそうになった。
小さな内海沿いを走っていた電車はしばらくすると栄えた町中から外れ、やがて窓から見える景色は海と山ばかりになっていく。
駅に着こうとさして多くの人間が乗り降りするわけじゃない電車の中、隣では中学上がるまでの数年をここで過ごしたという古い話を楽しそうにしゃべってる。ひとりで話してる割にの話はまるで尽きず、よくこんだけしゃべり続けることができるもんだと感心しつつ、俺はさして興味なさげにしっかり聞いていた。
「おい・・・」
「え?」
ようやくが降りると言いだし、止まった電車から俺たちは駅に出る。
俺は膝に手をつきながら深く深く息を吐いて・・・。
「1時間電車に乗り続けるなんて聞いてねーぞ・・・」
「あはは、長かったねー。私も久々に乗ったら遠いなーって思っちゃった」
普段2・3分もしないうちに次の駅に着く東京の電車に慣れていると、いつまでも次の駅が見えてこないのどかな電車はかなり疲れ、まるで時差ボケのような感覚が襲ってきた。そして電車を降りたはいいが、が言った通り、白い駅舎を出た先にはさっぱりなにもない。
「俺はここでどーやって生きてけばいーのかさっぱりわかんねぇ」
「子どもは何もないならないで自分で考えて遊ぶんだよー。私東京行くまでゲーム機とかケータイとか触ったことなかったし」
「ぜってぇムリだ・・・」
見渡す限り民家と田畑の広い土地に、コンビニもゲーセンもカラオケもパチンコもない。人通りすらまばらで通る車は軽トラが主の、まさに原風景。東京生まれの東京育ちにはテレビの中の世界だ。
それでもは、記憶をたどるようにあたりを見渡しながら足取り軽く前を歩く。
あのへんでよく遊んだだとか通っていた小学校だとか、いちいち俺に振り返り説明してはガキみたいに笑ってどっかに走っていく。少し目を離せばいなくなりそうなくらい。
「おい、あんまはしゃぐな。ここでお前見失っても見つける自信ねーぞ」
「あ、じゃあケータイ教えとこうか」
「・・・あ?」
「念のため。はぐれたら私もかなり困る・・・」
そう言いながらは、あの買ったばかりの赤いケータイをカバンから取り出して、俺に差し向ける。
まぁ、特に言い返すことも拒否る必要もなく、俺もケータイを出して、送られてくる赤外線を受けた。
友達とか古い知り合いとか、今じゃまったく連絡なんて取らないヤツとかがごちゃごちゃ入ってる俺のケータイに、「」の名前が表示される。
「桧山君て清起っていうんだ。変わってるね」
「おー」
さっきまで周りの風景を見ながら歩いてたが、ケータイをいじりながらゆっくりとなりを歩く。
今じゃ親くらいにしか滅多に呼ばれない自分の名前がこいつの口からこいつの声で響くのは、妙な感じがした。
「あっ・・・」
「あ?」
「いや、なんでもない」
言いかけて、でも口を閉ざすになんだよと問いただすと、は登録番号を指定せずに登録してしまったとつぶやくように言った。
「あれ?0になった・・・」
「普通いちいち番号なんて指定するか?」
「うん・・・、1番は空けておきたくて、みんなからアドレス教えてもらっても2番から登録してたの」
「なんで1番空けとくんだよ」
「だって、前のケータイも1番は、歩美だったから」
「・・・いじらしーことで」
いまだにケータイ番号を受け取ってもらえないどころか、普段の学校も、この旅行中ですらシカトされ続けてるクセして、なんでこいつはこうも高嶋にこだわるのやら。
「そっか、0なんてあるのか。桧山君が一番最初に入っちゃった」
1番が埋まったわけじゃなし、は「まいっか」とさして気にせずケータイを閉じカバンに閉まった。
「ねぇ、あっちまで行っていい?」
「ああ」
山と海と空と、わずかな人の気配しかない世界を楽しそうには歩いてく。
今よりいくらか幼いが、たぶんここでそうしていたように。
たしかにこいつならコンビニもゲーセンも何もなくても、こんな風に楽しんでただ歩けるんだろうと思った。
「キャアッ・・・」
「バカ」
何もないとこですっ転ぶけど。
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