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トランキライザー

ルーキーズ(ドラマ版) 桧山連載 川藤先生がいなくなったあとの2年の夏終わり。
桧山の他にもニコガクメンバーたちがガヤガヤいます。

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修学旅行編 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16

07

振り下ろされる金属バットをギリギリ避けると、コンクリートにぶつかってガキン!と硬い音が響く。普段握ってるものだけに、モロに当たったらと思うとゾッとするような音。


「クソー当たんねー」
「はは、ヘタクソ」
「やっぱそこそこ強いんだ、ニコガクって」


口の中の粗悪を吐きだして、血を拭いながら立ち上がる。
目の前のヤツらの言ってることはまったく意味がわからない。
向かってくるのはひとりだけで、あとの二人はケータイ片手に傍観決め込んでるし。


「いー加減にしろっつーの・・・」


またバットを振りかぶるヤツの、バットを掴んでそいつをフェンスに突き飛ばした。


「行くぞオラァ!」
「わっ・・・!」


奪ったバットを構え思い切り振りかぶると、そいつは頭を抱きこんで小さくなった。
ガシャーンッ!とフェンスが音を立てて歪み、その真下で完全にビビってるそいつはうずくまりながら、ごめんなさいごめんなさいと何度も繰り返した。


「バットはケンカの道具じゃねーんだよ、覚えとけっ!」


バットを地面に放り投げ、うしろの残ったヤツらに目をやるとそいつらは逃げていった。置いていかれたうずくまってるヤツを行けと蹴りだすとそいつも逃げてった。まったく、なんだってんだ。


「桧山!」
「・・・おお、お前ら」


名前を呼ばれ一瞬ビビってしまったが、暗い中から駆け付けてきたのは若菜と関川だった。練習着のシャツとスパイクのまま、どうやら全員そろって探しに来たようだ。


「どーなってんだよ、お前探してる間にいろんなヤツにお前桧山かって聞かれたぜ」
「ああ、よくわかんねーけどねらわれてるらしい」
「お前それ、ケガしてんのかよ」
「ちょっとかすっただけだよ、言っとくけど殴ってねぇからな」


若菜と関川も俺を探してるヤツらと遭遇したらしい。
やっぱりどうなってんのかさっぱりわかんねぇ。

それから他の連中に連絡して、しばらくすると安仁屋と新庄と御子柴、平塚と今岡が俺たちのもとにかけつけてきた。みんな若菜と同じ、俺を探してるヘンなヤツらに会ったと言ってきた。この界隈に、俺を探してるヤツらが集まってる。


「あ、桧山生きてんな」
「ほんとだ、よかったにゃー」


俺たちがいる薄暗い駐車場に、最後に岡田と湯舟がやってくると俺を見るなりそんなことを言ってきた。


「お前ヤバいことになってるよ」
「あ?」
「さっきお前のこと探してるヤツに吐かせたんだけどさ、狩りゲームっていう個人サイトにお前ターゲットとして挙げられてんだよ」
「狩り・・・?なんだそれ」


岡田が俺たちに見せるケータイ画面を全員で見ると、そこには俺の名前と隠し撮ったような写メが載っていた。


「うわ、なんだこれ・・・」
「ここに挙げられるヤツを探して、条件クリアすると賞金が出るんだってよ。まさに恐怖の狩りゲーム。まぁリアルオニゴッコみたいなもんだ」
「んな簡単にゆーな!俺ぁ本気で死ぬかと思ったぞ!」
「でもなんでそんなサイトに桧山が・・・?」
「さーな、情報載せたヤツはハンドルネームとメアドしかわかんねーし。このメアドに桧山をボコった写メ送ったら終了、賞金1万円」
「やっす!俺なら5万はいくな」
「じゃー俺がテメーの情報載せたらぁ」
「こんなときにもめてる場合じゃないよ!早くこれどうにかしないと、桧山ずっと追っかけられるってことだろ?」
「そいつにメールしてここに呼び出せばいいだろ」
「平っち、隠れて人襲おうってヤツが簡単に出て来るわけないって」
「岡田、そいつのメアドは?」


岡田がそこに載せられてるメアドを読み上げるが、それは今日の昼に見た、にしつこくメールを送ってるというあの長いメアドではなかった。てっきり同じヤツだと思っていたのに、さらにわからなくなる。


「関川、お前里中のメアド知ってるか?」
「いや。あ、でも知ってそうなヤツならいるけど」
「聞いてくれよ」
「ああ・・・、でもそれ、里中なわけ?あいつ、そーゆーことするか?」
「さーな」


やっぱ傍目に見てれば里中は「そーゆーこと」をしなさそうなヤツなんだな。
まぁ、メアド変えてストーカーメールを送るようなヤツがこんな書き込みに自分のメアドを使うとは思えないが、誰かにメールを打った関川のケータイが鳴るのを待っていると、しばらくして返ってきたメールを開いた関川が画面を見つめ、それを俺たちに見せた。


「・・・」


関川のケータイに書かれていた短いアドレスは、さっき岡田が読み上げたものと同じだった。


「決まりだな」
「マジかよ、あのヤロー」
「で、どーおとしまえつけんだよ、桧山」
「・・・」


なんか、いろいろおかしーことが溢れてた。
気に入らないヤツを他人に襲わせる。
人を殴ったこともないよーなヤツが鉄の棒を振り回す。
まったくの赤の他人をゲーム感覚で襲う。
いろんなとこがおかしくて、単純な俺らにゃ、わかんねーことだらけだ。




きのうはあれから一度学校に戻り、そのまま全員で家に帰った。
家の近い若菜と湯舟がうちまでついてきたからそれ以上誰かに襲われることはなく、あの書き込みも自分でおとしまえつけると心配させないように言った。

残暑厳しい、青々とした朝の空。


「おい」


木蔭で直射日光から逃げながらケータイをいじってるヤツの背中に声をかけると、そいつはケータイをさっと下げ俺に振り向いた。里中は俺を見て一瞬驚いたような目をするものの、すぐに笑う。


「桧山、どうしたのこんなとこで」
「そりゃこっちのセリフだよ、ストーカーヤローが」
「・・・。そのケガ、ケンカでもしたの?」
「悪かったな、たった1万でやられてやるほどお人好しじゃねーんだよ」
「え?なんのこと?」
つけ回して、関わるヤツ襲わせて、それであいつがお前になびくと思ってんのかよ」
「・・・」


だんだん、普段出してるような軽い笑みを落としていく里中は、ケータイを閉じるとポケットに入れて頭をガシガシ掻いた。


「なびくんじゃないかなぁ。俺以外頼る人間がいなくなれば」
「・・・」
「ていうか、そんな軽いケガじゃなくてもっとボロボロになってくれないと、が自分責めちゃうくらいさぁ」
「お前、けっきょく何がしたいんだよ」
「は?」
「あいつが好きならもっと他にやり方あんだろ。俺がムカついたんなら直接かかってくりゃいーだろ。ごちゃごちゃ余計なことばっかしやがって、メンドくせーヤツだな」


俺は里中に近づいて、シャツをぐいと掴み寄せた。


「お前人殴ったことねーだろ」
「それがなに、そんなことが自慢?言っとくけど、俺になんかしたらまた野球部は部活停止だからな。せっかく川藤が学校やめてお前ら生かしたのに、そんなことしちゃっていーの?」
「・・・」


こんなヤツ、前なら今頃とっくに殴ってる。
ただ、ムカつくから。ただ、負かしたいから。


「俺が殴り方教えてやるよ」
「なっ・・」


俺はシャツから手を離し、そのまま里中の顔面を殴った。
地面に手をつく里中は口を押さえながら俺を睨み上げる。


「お前、分かってんだろーなっ」
「立てよ、次はお前の番なんだよ」
「はあっ?」
「お前が俺を殴るんだよ、ムカついてんだろ?」
「殴んねーよ、処分されんのはお前だけなんだよ!」
「処分とか学校とかそんなのカンケーねーんだよ、話すり替えてんじゃねーよ。お前がここにいる理由はなんなんだよ」
「は・・・?」


普通なら学校に向かうはずの時間に、毎日毎日、何日も。
こんな学校から離れたとこまでわざわざ、ただ会いに。


「好きな女がいりゃ何が何でも手に入れたいなんてフツーなんだよ、好きな女に近づくヤローが気に食わないなんて誰だって一緒なんだよ!」
「・・・」
「テメーがやりたいのはそれだけだろ、だったらまどろっこしーことやってねーでかかってくりゃいーだろーが!」
「・・・」
「おら、立てよ」


何も言えなくなった里中を、またシャツを掴んで無理やり立たせた。
その真正面に立って、ほらと促す。


「さっさとやれよ。まだわかんねーならもっかい殴ってやろーか?」
「・・・」


苦々しく表情を歪める里中は、拳を握ろうとはしてもまだ力がこもらない。
まるでケンカの仕方を知らない。気持ちもぶつけ方を知らない。

そんな俺たちの、少し離れたところにある家の門が開いて、そこからが姿を見せた。は不安な顔でこっちをチラリと見て、でもそこに俺までいたもんだから驚いてこっちに駆け寄ってくる。


「桧山君・・・」


が俺の前まで来て里中とを見やると、里中はさっきよりずっと弱い顔をして拳を解き、少しずつ見せていた心をまた隠した。


「何してるの?なんでここにいるの?」
「うるせぇ、どいてろ」
「キャ・・・」


心配して見上げてくるをドンと押して俺たちに間からどかせると、は勢いに押されてよろめき地面に手をついた。それを見て里中はに駆け寄り、大丈夫?と手を貸す。


「まだ殴れねぇって言うならそいつ殴ったっていーんだぞ」
「・・・」


の擦りむけたヒザを見てか、俺の言葉を聞いてか。
どっちかはわからないけど、目に確かな怒りを込める里中は俺に一歩近づいてくると拳を握ってありったけの力でそれを俺にぶつけた。


「里中君っ・・・」


その力に多少傾きはするけど、倒れるとか血が出るなんてものには程遠い。
でもそれを知ってるか知らないかの差は、あると思うんだ。


「できんじゃねーか。蚊みてーなパンチだけどよ。そんな根性あんなら何でも出来んだろ」
「・・・」


逃げて目を逸らしてあれこれ言い訳しまくって、腹の底に不満ばっかり詰め込んでるより、恥とかメンツとか全部捨て去って、真正面からまっすぐぶつかる方がずっと早くて分かりやすいんだって。そしてそれが、一番合ってるんだって。

そう教えられたんだ、俺たちは、あいつに。
あいつみてーに、うまく説明できねーけどさ。


「桧山君、大丈夫・・・?」
「いーよ、触んな。お前はそいつの話きーてやれよ」
「え・・・?」


案じてくるの手を払い、ペッと吐きだして歩き出す。


「あそーだ、里中、お前アレ消しとけよ。こっちはもめ事起こすわけにゃいかねーんだから」
「・・・うん」


それだけ言って、俺はひとり先に歩いていった。
それからあいつらが何を話したか、どうしたかは知らないけど、それは俺には関係のないことで、結局自分でも何がしたかったのかよく分かんなかった。


「あー、ヤレヤレ・・・」


まったくガラじゃねぇ。
まぁ、スッキリしたからいーんだけど。



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