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トランキライザー

ルーキーズ(ドラマ版) 桧山連載 川藤先生がいなくなったあとの2年の夏終わり。
桧山の他にもニコガクメンバーたちがガヤガヤいます。

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修学旅行編 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16

04

次の日、全校生徒が登校してくる朝。
と里中が一緒に学校にやってきて、他の生徒たちの注目を集めた。
そうでなくてもきのう、二人揃って学校からいなくなったことで小さな噂になっていたから、火に油を注ぐことになったようだ。


「ほら見ろ桧山ー、ぐずぐずしてっから」
「うるせーな、そんなんじゃねーって言ってんだろ」


その日は授業中以外、教室にはいなかった。
朝から通り過ぎる女子どもに囲まれては里中とのことを聞かれていたから逃げてるんじゃないかと思う。授業開始のチャイムが鳴ると静かに戻ってきて、疲れてる様子ですとんとイスに座る。それの繰り返しだった。

だけど4時間目が始まるチャイムが鳴ったころ、他の奴らが次々に自分の席に座っていく中、いつまでたってもの席だけが埋まらなかった。そのまま授業が始まって何事もないように進んでいくけど、はずっと戻らず机の横にカバンだけがぶら下がっていた。


「桧山、どこ行くんだ?」
「便所」


静かな教室に意味の分からない文章が読み上げられる。俺の周りの連中はみんな机にうつ伏せて時間をやり過ごしていて、そんな中俺は立ち上がり、教室を出て行った。

ペタペタ履き潰したかかとの音を立てながら、硬い廊下を歩いていく。
途中A組の教室の前を通り過ぎたとき、何げに窓から中を見た。
その教室の中にはあいつ・・・里中がマジメそうに授業を受けてるのが見えた。


「・・・」


とりあえず、あいつと一緒ではないようだ。

そのままトイレに入って用を足し、教室に戻るのもダルくてトイレの窓から外を見下ろしでかいあくびを吐き出した。夏が過ぎたばかりの空は青になりきれなくて、霞んだ空の高いところを薄い雲が流れてる。ほんとならここで一服・・・とでもいきたいところだが、あいにく、持ち合わせがない。


「・・・あ?」


そろそろ戻るかと窓を閉めようとした時、何げに見下ろした遠くの地面に、座りこんでるを見つけてしまった。陽の当たらない校舎裏の誰にも見つからないような陰に小さくなって座っている。


「・・・おいッ」


1階まで下りていってが見えたあたりの窓を開けると、すぐ真下にの頭があった。窓を開けてもこっちに気づく様子を見せなかったからちょっとドスのきいた低い声で呼ぶと、はビクリと体を揺らして体勢を崩し、地面に両手ついてキョロキョロ周りを見渡してる。こっちだよと改めて声をかけると、振り向き見上げるは窓から覗いてる俺に目を合わせ、慌てた顔を落ちつけていった。


「桧山君・・・、あーびっくりした・・・」
「こんなとこでサボってんじゃねーよ、上から丸見えだぞ」
「えっ、そーなの?」


サボり慣れてないは上から丸見えなことにも気づかず慌てて立ち上がった。
は乱れた髪を耳にかけて目をこすって、反応悪かったところを見ると眠りかけていたようだ。


「お前きのう、あれからどうしたんだよ」
「あれから・・・、ああ、探しに行ったときは見つからなくて、でも夕方に歩美の家に行ったら帰ってたの」
「なんだよ、家にいたのかよ」
「うん、でも、何かあったみたい。会わせてくれなかったし、メールも返ってこないし」
「なんかってなんだよ」


首をかしげるはずっと高嶋からの連絡を待っていたようで、今でもケータイを握りしめたまま。


「眠そうだな。寝てねーの?」
「ん、連絡待ってたら、朝になっちゃって」


俺の話にやっと返してる風なはテンション低く、今にも寝落ちそうだ。
何も夜通し待たなくたっていいだろうに。


「来いよ」
「え?」


俺は窓枠を乗り越え地面に着地して、校舎沿いを歩いていった。
その俺のうしろをどこに行くの?とがついてくる。
そうして校舎裏からグラウンドのほうへ抜け出て、野球部の部室のドアを開けた。


「放課後まで誰もこねーから寝ていーぞ。きたねーけど」
「え、そんな・・・、あれっ、桧山君授業はっ?」
「お前、今さら・・・」


ごちゃごちゃ汚い床やソファの上のものを(見られちゃならねーようなものもこっそり)ロッカーの中に投げ入れる。誰かのタオルでソファの上の砂を払い落しながら振り返りを見ると、は奥の壁にでかでかと貼られているものを見つめていた。

川藤が書いた、あれ。


「すごいね、甲子園なんて」
「・・・行けばな」


目指してるやつなんていくらでもいる。すげーのはほんとに行ったやつだ。
そう返す俺に、はふふと笑う。
なんだか見透かされてるみたいで、目をそらす。


「あー、じゃあ、俺戻るからよ」
「え、なんで?」
「なんでって、お前寝るんだろ」
「そんな、私一人でここにいたら、野球部の人来たらどうしたらいいの?」
「こねーよ(たぶん)、心配ならカギかけとけよ」
「そんなの、私部外者なのに・・・怖いよ!」
「怖いって何が怖いんだよ」
「だって、野球部の人は・・・こわいじゃん・・・」
「俺もやきゅーぶの人なんだけどっ?」
「桧山君はやさしいけど、他の人はやっぱり怖いし」
「おまっ・・」


こいつは俺をなんだと・・・(やさしいとか言われたことねぇぞ!)
わぁかったよ、いりゃあいーんだろ!と俺は結局ベンチをまたいで座った。
その俺に安心して、もソファの隅に腰をおろした。


「桧山君てどこ守ってるんだっけ」
「ショート」
「私も夏の大会見に行ったんだよ」
「見にきたのに知らねーのかよ」
「あ・・・」
「あじゃねーよ、あじゃ」


この部室で女なんて見慣れず(時々マネージャーはいるけど)、はさっきまでの眠そうな顔を忘れて周りを見てた。は部活やってないから初めてで新鮮なんだそーだ。


「お前、ネムてーんじゃなかったのかよ」
「あ、なんか覚めちゃった」
「じゃあここにいる意味ねーじゃねーか」
「なんかドキドキするね」
「・・・は?」
「隠れ家みたい」
「・・・」


あ、そういう意味ね・・・。


「お前さ、里中となんかあんのかよ」
「・・・え、なんで?」
「なんか逃げてんだろ、あいつから」
「・・・」


授業サボって隠れ家に安心して、ドキドキしながら笑ってたは、俺の言ったことにだんだん笑顔を消してった。二人きりにしちゃ長い間が流れて、空気はどんどん重くなっていく中、はやっと動きを見せポケットからケータイを取り出し開く。

そしてはいくつかボタンを押して、そのまま俺に差しだした。
受け取ってディスプレイを見るとメールの受信ボックスが開かれていて、名前が登録されていない長いアドレスのメールがズラリと受信ボックスを埋め尽くしていた。


「なんだこりゃ。迷惑メールか?」
「同じ人からね、毎日メールがくるの」
「アドレス変えりゃいーだろ」
「変えたんだよ、もう3回くらい」


ボタンを押して1個ずつメールを見ていくと、たしかに同じアドレスのヤツから毎日、1時間おき、ひどい時には5分おきのペースでメールを受信している。内容はどれも「今なにしてるの?」「今日の髪型かわいいね」「今日のお弁当おいしそうだったね」「携帯電話買ったんだね、それ高かっただろ」と、いってみりゃ普通。それが、ダチだとか彼氏だっていうなら。


「で、これが里中からなわけ?」
「わかんない。・・・里中君のメアド知ってる子に見せてもらったら違うアドレスだったし、授業中でも入ってくる時あるし」
「んなのメアドかケータイ2個持ってりゃ出来んだろ。授業中だって打てねーことねーし。それでもあいつ疑うだけのモンがあるんだろ?」


ケータイを閉じてに返すけどは受け取らず、俺はそれを机に置いた。


「今年の春から、・・・里中君、いつも朝うちまで迎えにくるん、だよね」
「はあ?毎朝?うちに?」
「最初は家の近くで偶然って感じで会って一緒に学校行ったんだけど、最近はもうずっと家の前で待ってる。なんでって聞いても一緒に行きたいからって、普通でさ。時々うちに帰ると家の前でお母さんとしゃべってたり・・・」
「うわ、なんだよあいつ、ストーカーじゃん」
「でもべつに、告白されるとかはないんだよ」
「あいつもう付き合ってる気でいるんじゃねーの。嫌なら嫌ってはっきり言えよ」
「前に1回、やめてって言ったんだけど」
「けど?」
「・・・里中君、泣きそうになっちゃって・・・、そのまま夜中までずっと近くの公園で立ちつくしちゃって・・・。その日すごく寒かったから心配で、お願いだから今日は帰ってって頼んで、そしたら明日も来ていい?って言うから・・・」
「でお前、いいって言ったんだろ」
「・・・うん」
「バカか。んなのほっとけよ、カゼひこーがぶっ倒れよーがあいつの勝手だろ。お前がそこで折れんの待ってんだろーがあいつはよ、甘い顔すんじゃねーよ」


吐き捨てるように言うと、は一度俺を見て、涙をためながらうつむいた。
ちょっと待て、なんでそこで泣く。(俺が泣かしたみてーじゃねーか!)


「それにしてもあいつがそんなヤローだったとはな」
「誰も、ぜったいそんな風に思わないんだよね。・・・里中君て、やさしくてカッコいいから人気あるし、生徒会してるし成績もいいから先生から人望もあるし」
「そーゆーヤローに限って性根くさってんだよな、マジメなヤツほど極端に性格ひんまがってやがるから。そーゆーヤローが陰でタバコ吸って、バレたら俺らのせーにすんだよ」
「そんなことあったの?」
「フツーにあるぜ。俺らじゃねーつってもセンコーは聞かねぇしよ、弁解すんのもメンドくせーからそのまま謹慎くらったりもするしよ」
「ヒドいな・・・。桧山君たちもうマジメに野球してるのにね」
「・・・。まー、その5倍くらい実際俺らがやったことだから、しょうがねぇっつったらしょうがねーんだけどよ」


あまりにが俺の言うこと真に受けて同情するような顔をしたものだから、あさってのほう向きながら弁解すると、はまた小さく笑いだした。


「・・・なんだよ」
「桧山君て、正直だね」
「ああ?」
「怒ったり笑ったり、すごく素直」
「そりゃ単純って言いたいのか」
「いいことだよ、人らしいっていうか、話しててすごく安心できるし。・・・里中君は、いつもやさしくて、いつも笑ってるんだけど、本当はなにを思ってるのか伝わってこなくて、時々、怖い」
「・・・」


薄明かりの蛍光灯の下のは、ひどく弱い、疲れた顔をしてた。
あいつの名前を出そうとするたび言葉を詰まらせて、細い手を握りしめてて。

するとそのとき、のケータイがバイブで振動し机の上で揺れ出した。
はその音に小さくビクリと細い肩と髪を揺らして、ケータイを見る。
ブブブ、ブブブ、と鳴り続けるケータイの表面の小さなディスプレイではメールの受信を知らせている。はたぶん、またあの長いメアドが並ぶことにビビって、なかなかそれに手を伸ばそうとしない。だから俺は代わりにのケータイを手に取り、開いて見た。


「あのアドレスじゃねーよ」


開いてみるとそこにはちゃんと「高嶋歩美」と名前が出ていた。
は安心して俺からケータイを受け取り、メールを開き見る。
連絡が取れなかった高嶋からのメールでは心配そうな顔で目を動かしていく。
けどその表情は次第に、また悲痛に曇っていった。


「なんだよ」
「あ、歩美、きのうの朝駅で、線路に突き飛ばされたんだって・・・」
「あ?」
「電車が来る時じゃなかったからちょっとケガしただけらしいけど、誰かに押されたから、警察で事情聞かれてたんだって・・・」
「そーいや里中、きのう駅で高嶋見たとか言ってたな」
「・・・でも、そんな、まさか」
「お前、そのアドレスにメール打ち返してみろよ」
「ええ?」


困惑してるを前に、俺もポケットからケータイを取り出し電話をかけた。
しばらく鳴り続けた呼び出し音はブツリと途切れ、ざわざわした音が聞こえる中、遠くで「誰のケータイだー」と教師の声が聞こえ、その後で声を小さくした関川が「桧山?」としゃべりかけてきた。


「お前ちょっとA組の教室の前まで行ってくんねぇ?」
『はぁ?』
「お前里中ってヤロー知ってるだろ。今からあいつにメール送るからよ、あいつがケータイ見るか気付かれないよーに見ててほしーんだよ」
『なんだよそれ、意味わかんねーよ』
「いーから行けよ、5分後な」


それだけ言って俺は電話を切り、にメールを打つよう促した。


「なんて、打とう・・・」
「べつに空メでもいーよ、見るかどーかが問題なんだからよ。まぁでも、それじゃつまんねーか」


いっそもっと、反応が感じ取れるよーなもののほうが。


「高嶋突き落したの、お前かって打て」
「・・・」


やさしい笑顔が崩れる様を、見せてもらおーじゃねぇの。



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