09
俺たちはまた目立たないところから学校を抜け出して駅へ向かった。
登校や出勤のラッシュ時間が過ぎた駅は落ち着きを取り戻し人通りも多くなく、けど広い駅の中、当てもなく人を探すなんて途方もないことで、岡田と若菜は反対側を見てくると歩いていった。
「そういやお前、あれからあのメール来てないのかよ」
「あ、うん。桧山君のあのメールからぜんぜん」
のケータイに送られてくるあの長いメアドのメールは、きのうの放課後にあの「桧山は友だち?」と送られてきて以来、来ていないらしい。そんなことを言ってくるからには同じ学校のヤツだと思うのだけど、駅を行き交う人間のほとんどは知らない他人ばかりだ。
「あれ・・・」
「あ?」
「アレ、歩美かな・・・」
が駅から出てくるひとりの女を見てつぶやいた。
私服にぼうしまでかぶってるその女が俺には誰だかぜんぜんわからないが、が言うからには違いないんだろう。
「なんであいつがここにいんだよ。がっこーは?」
「あ、きのうメールでホームから突き落されたって言ってたから、まだ事情とか聞かれてるのかも」
「そういやそんなこと言ってたな。てかまさかあいつもアレで狙われてとかじゃねーだろーな」
「私、ちょっと行ってきていい?ぜんぜん連絡取れなかったから・・・」
「ああ」
はどんどん離れていく高嶋を追いかけていく。それと同時に俺のケータイに岡田から電話がかかってきた。
『メール来たぜ、あいつから』
「早かったな。なんて?」
『西口の改札に落し物として届けたから受け取れって。黄色い封筒。お前らいま西口だろ?』
「・・・」
『それらしーヤツ誰かいた?』
駅から出てきた高嶋らしい女は、ケータイをいじってた。
「・・・ウソだろ」
『え?』
「ヤベェ、・・・」
高嶋を追いかけていったは、もう呼んでも聞こえないくらい遠くへ行っていた。
太陽が高く昇って熱くなってく中、背中につと冷たい嫌な汗が流れて、俺は岡田の電話を切ってすぐにを追いかけた。
俺の勘違いなら、それでいい。それが一番いい。
でももしあのメールや書き込みが全部、高嶋だったっていうなら、あいつは・・・
は・・・
「歩美ー」
「・・・」
駅から少し離れた多摩川にかかる橋の上で、は高嶋に追いついた。
振りかえり足を止める高嶋に駆け寄って、息を上げながら目の前まで。
「・・・、なんで・・・」
「あー、追いついた・・・、あの、大丈夫だったの?ケガ・・・」
「え・・・?」
「ホームから、突き飛ばされたって・・・」
「・・・」
上がった息を落ちつけながら、は高嶋に歩み寄る。
心配していたよりずっと元気そうな高嶋に、安心しながら。
「なんでここにいるの?」
「え?」
「だってあんた・・・」
俺が追いついたのは、もうと高嶋が話しだしてる時だった。
車が多く行き交う橋の歩道で、高嶋と向き合ってるの数メートルうしろで様子を見るように足を止める。
すると、越しに俺に気づいた高嶋が俺を見た。
「・・・あ、そう、ウソだったんだ」
「ウソ?」
「仕組んだんでしょ、あいつと。だから受け渡し場所駅に変えてくれとか言ったんだ・・・、それで私が来るの待ってたの?」
「え・・・?」
「アンタって、ホントうまいよね、そういうの。人の気引くだけ引いといて、言い寄られたら困ったフリして、里中の次は桧山?単純そうだもんね、アンタなら簡単に気引けるよね」
「え、待って、なに・・・?」
高嶋の言うことが飲み込めず、恐る恐る伸ばすの手を高嶋は振り払う。
「あんたのそういうとこがすごいムカつく。無邪気そうにみんなにいい顔して、愛想振りまいてすぐ甘えて人のこと振り回して、そうやってればいつでも周りが助けてくれるって分かってやってんでしょ、何したって笑って謝れば許されると思ってんでしょ」
「そんなこと、思ってないよ・・・」
「里中だって最初はあんたのことなんて何とも思ってなかったのに・・・、ずっととなりの席に座ってたら最後には運命だとか言っちゃって、バカみたい。アイツね、が誰かにストーカーされてるとか言ったら毎日あんたんち行っちゃってさ、自分がストーカー扱いされてりゃ世話ないっての・・・」
「里中君に、そんなこと言ったの・・・?だって歩美、里中君のこと・・・」
「は・・・、なにそれ、知ってたの・・・?」
「あ・・・」
「知っててずっと知らないフリしてたの?それが友情だとか思ってたの?それで私に里中とアンタの間に入らせたりしてたの!?」
「そうじゃないけど・・・、ごめんね、私・・・」
「あーもーやめて!すぐ謝ったりすぐ泣いたり、そうやっていっつも人を悪者にするのアンタは!」
「・・・」
「アンタなんか大っきらいだった、ずっとムカついてしょうがなかった、アンタなんか死ねばいいっ!ほんとに襲われてボロボロになって死ねばよかったのにっ!」
高嶋はのカバンのポケットからケータイを奪い取ると、手すりの向こうへ投げ捨てた。簡単に軽く飛んでいくの赤いケータイはキラキラ光って、橋の下の大きな川へポトンと落ちていった。
そしてそのまま、ケータイを追い手すりに寄ったの前から、高嶋はいなくなった。
にありったけの凶器と大きな傷を残して、離れていった。
太陽光を反射させてキラキラ、緩やかに流れてる川の水を見下ろしながら、は手すりの袂に崩れ、小さく小さくうずくまった。
「・・・」
俺はガシガシ、頭をかく。
すぐそこで泣き崩れてるに近付こうにも、言葉一つ見当たらず、傍によることもできない。
何も思い浮かばない。
「桧山、なんだよ、何があった?」
うしろから俺たちに追いついてきた岡田と若菜が、俺と同じようにすぐそこで小さくなってるを見るけど、誰も何もできなかった。俺たちがどうこうできる問題じゃなかった。
「高嶋?って、うちのクラスの?」
「ああ、あいつだった」
「つかあいつらダチなんじゃねーの」
「さーな。あいつはそのつもりだったらしーけど」
「つか、俺たちはいつまでここにいんだよ」
「・・・さー」
「桧山、お前あいつ引っ張ってこいよ」
「・・・」
それからしばらくはずっとそこで泣き続けた。どんだけ経っても涙は枯れないらしかった。
俺たちは、少なくとも岡田と若菜はさっさとそこからいなくなってもよかったんだけど、どうもそんな気にもなれず、夏下がりの太陽の下、うるさい車道を前に、手すりにもたれて時間をやり過ごした。
「・・・あっちぃ」
「あ?オメーだけじゃねーよ・・・、っておい、桧山?」
太陽を見上げるのにも飽きたころ、俺はポケットに突っ込んでた手を出して、すぐそこでうずくまってまだ泣き続けてるに近付いていった。
「おい、いー加減立て」
「や・・・」
小さくうずくまってる腕を無理やり引っ張り起こすと、風に煽られ乱れた髪と涙でぐちゃぐちゃなはそれでもまだ懲りもせずにボロボロ涙を落とした。まったく女ってのは、なんでこう何時間も泣き続けることが出来るのだ。(何時間も経ってねーけど)
「いつまでもこんなとこで泣いてたってしょうがねーだろ。学校か?うちか?」
「どっちも、行けな・・・」
「だからいー加減泣きやめっつーの、しょーがねーだろこじれたもんは。あんだけ言いたい放題言われたらいっそ清々しーっつーの」
「もう、私・・・最低・・・、ほんと、死んじゃいたい・・・」
「ケンカの1回や2回でいちいち死んでられるか!殴り合いのケンカしたわけでもねークセして。泣いてばっかいねーでお前も言いたいこと言やぁよかったんだよ」
「私は何もなかったも・・・、何も、分かってなかった・・・、もう、私なんて、ほんとしんじゃえばいい・・・」
「あーそーかよ、じゃー1回死ね」
「・・・、え・・・」
「俺が殺してやるよ」
ボロボロ落ち続けるの涙が、少しだけ止まる。
俺はを担ぎあげて橋の手すりに座らせ、その横で俺も手すりに上がった。
「おいおいっ・・・」
「おら行くぞ!」
「え、えっ、きゃっ・・・キャアアッ!!・・・」
の体に腕を回して、そのまま手すりの向こうへ踏み込んだ。
うしろむきにどんどん傾いていくは慌てて俺に抱きつくが、何を掴もうがもう手すりは遥か遠く、けたたましく叫ぶの頭を抱きこんで俺たちはドッポーンッ!!と川へ落ちていった。
暑かった空気は一瞬ぬるく、その後今度は冷たい温度に包まれた。
思ったより深くなかった川は沈んですぐに水底につきケツを強打する。
ぶくぶく水と空気が慌ただしく大騒ぎする中、痛いくらい俺にしがみついてるを抱いて水底を蹴り、ぶはっと水面から頭を出した。
「ごほっ!ごほっごほっ」
「あっぶねー、けっこー浅いじゃねーかよ」
「し、しん、げほっ」
「バカ、水ん中で息できねーんだから息止めろよ」
「だっ、ごほっ・・ごほごほっ」
しゃべろうにもいろんなとこに水が入ってむせ返ってるを抱いて、上から生きてるかーと声を降らせる岡田と若菜に手を挙げた。
そのまま川辺まで泳ぎ、ずぶ濡れになって重い制服を引きずりながら岸に上がる。
足がつくようになって離したはよろよろしてて川底の石でうまく歩けず、こけそうな腕を引っ張りながら岸までを歩いた。
「信じられない・・・飛びこんだ・・・飛びこんだ・・・!」
「ああ?死ぬとか言ってたヤツが何言ってんだ。いー体験出来ただろーがよ」
「ほんと怖かった!」
「おかげで涙も止まっただろ」
「怖かったー・・・!ううっ・・・」
「どっちにしろ泣くのかよ。もー勝手にしろ」
水浸しの髪をかき上げ河川敷に腰を下ろすと、もう涙だか川の水だかわからないびしょ濡れのが何度も息を吸い込みながらとなりに座った。
「いつまでもぐずぐず言ってんじゃねーよ、スッキリしただろ」
「・・・」
「1回死んだ気になりゃなんでもできるっつーの」
「ん・・・」
「あー、あっつかったからちょーどいーや」
「うん・・・」
夏が終わっても青々とした空と白い雲を映して、でかい川は俺たちの衝撃なんてさっさと忘れて悠々と流れる。
俺たちにとってでかい出来事だって、世界のでかさからすりゃこんなもんだ。
「おーいそこのバカふたりー」
「・・・私も・・・?」
「バカってゆーな、勇者といえ勇者と」
橋の上から下りてきた岡田と若菜を、は不服そうに見上げた。
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