05
がビビりながら送ったメールだけど、教室で真面目に授業を受けてた里中にケータイを見るような素振りはなかったと、昼休みに関川から聞いた。
俺も教室に戻る途中で里中の様子を覗き見たけど、クラスのヤツらとふつーに楽しそうにしゃべってる里中に変化はなさげで、あのメールを見ていないのか、やっぱりあれは里中じゃないのか。とにかく俺の策は失敗に終わった。
「桧山ぁー、お前何してんだよ、里中となにやろーっての?」
「うっせーな、お前らはひっこんでろよ」
「あ、俺がわざわざ授業抜け出して頼みきーてやったのにそーゆーことゆーわけ」
「どーせ寝てただろーが」
「にゃーにゃー、4時間目ってやっぱ、と一緒だったのッ?」
「とうとう決戦の時かー?勝負はやっぱタイマン!?」
「桧山テメェ、あんなよわそーなヤローに負けたらわかってんだろーな!」
「だーからちげぇっつーの!」
メシ食いながら次々と顔を寄せてくる関川たちの頭を片っ端から押し返す。
事はもうそんなお祭り状態じゃねぇっつーのに、ほんとお気楽なヤツらだ。
あの後、里中に会うのを余計に怖がってしまったは部室から出ようとせず、今もたぶんあそこにこもってる。5時間目になっても放課後になっても、は教室には戻ってこなかった。
「さぁーて部活部活」
「御子柴ー、練習試合とか組んでくんねーの?れんしゅーばっかじゃヤル気出ないんですけどー」
「ああ、うん、教頭先生に聞いてみる」
教室の中から生徒が少しずつ減っていく中、俺たちもいつも通り練習に向かうべくカバンを担いだ。
「ねぇ、知らない?」
そんな俺たちが向かう先のドア口に、あの、里中がきていた。
教室の中を見渡して、ドア付近の女子に声をかけている。
メールの真相はいまだ解明されない。
「・・・」
俺は一度足を止め、体をひるがえし窓際の前のほうの机に寄っていった。ずっと不在だったの席の、横にかけられたカバンを取り、肩に担いだ自分のカバンとは別の手にぶら下げてまたドアへ向かっていく。
「どけよ」
その俺の行動をずっと見てた里中の前で、そいつの目を見下ろす。
前にここで同じようにこいつを見下ろした時は、一瞬目の奥でイラだった後こいつはすぐに笑ってごめんと俺に道を空けた。けど今日の里中は別段イラついた様子はなく、そしてヘンに笑いもしない。
「どこにいるか知ってんの?」
「ああ」
「それのだよね。どこにいるの?俺持ってくよ」
里中はそう、俺に手を差し出す。
けど俺はなにも返さず、さっさと道を空けろと威圧した。
そんな俺に里中は手を下げて、ふと笑う。
「桧山・・・だっけ。きのうもと話してたよな、なんで?」
「話す義理ねぇな」
「義理?はは、シブイな」
「テメェがアイツのこと洗いざらい知る必要ねぇっつってんだよ」
ごく普通に、友だちとしゃべるみたく里中は気軽に笑う。
「知らない間に仲いいんだな」
「だったらなんだよ。今度は俺を電車に突き飛ばすか」
「え?なにそれ」
里中は、俺にひるむとか立ち向かうとか、そういう仕草はまるでないヤツだった。
ポケットに手入れて俺の前に立っていながら、俺とは相対してないみたいな。
「桧山って強そうだな」
「あ?」
「の家のあたりってあんまり雰囲気良くないからいつもひとりで家に帰ってくの俺心配なんだよな。でも桧山だったら何かあってものこと守ってくれそうだ」
「なにが言いてぇんだよ」
「今日はのことよろしく。間違ってもひとりで外歩かせないでくれよな。特に夜道は、なにがあるか分からないから」
「・・・」
じゃ、と手を振って、里中は廊下を歩いていった。
今まではべつに気にも留めてなかったけど、たしかに面と向かうと、なんとなく嫌な空気の漂うヤツだった。人当たりよさそーで常に柔らかく笑ってて、だからこそ本当はなにを考えてるのか分からないっていうの言葉がよく分かった。
「桧山、何だよ電車って」
「いや、なんでもねーよ」
俺たちの話を聞いてたうしろのヤツらに軽く笑って、俺たちも廊下を歩いていった。
里中のあの鼻に残る言い方がなんとなく気になった。
今度はになんかする気か?
「あれ、桧山ぁ、あれじゃないか?」
「あ?」
ぞろぞろと1階まで下りてきた俺たちの、行く先。
下駄箱の周りでうろうろしてる、がいた。
「桧山君・・・」
「なにしてんだよ」
「良かった、なにかあったかと思った」
「なんで」
なんかヒヤヒヤ焦ってるが、俺を見てホッと息をついた。
それから手に握ってたケータイを開いてまた俺に見せる。
そこにはあの長いアドレスからのメールで
桧山は友だち?
と書かれていた。
「・・・」
なんだなんだ、次の標的は俺になったってか。
こんなメールが届いたら、高嶋のこともあるし、のこの顔も分かる気がした。
そんなことを思っていると、俺のうしろから顔を覗かせた関川がのケータイをひょいと取ってメールを読み上げた。
「桧山は友だち?なんだそりゃ」
「おい関川ッ」
「なになに、このメール里中から?」
「でもコレ時間的に桧山が里中としゃべってた時くらいじゃね?」
「じゃー里中じゃねーじゃん」
「あの野郎ずっとポケットに手ぇ入れてたから出来ねーこともねーよ」
「そーだっけ?よく見てんなー新庄」
集まって次々にメールを覗きだす全員の中から、俺はのケータイを取った。
口々に言うこいつらの話を聞いてはだんだん神妙そうな顔になっていって、やっぱり俺にその目を向けてくる。
「里中君としゃべったって、なにを?」
「あー・・・いや」
「桧山はね、に手ぇ出したら電車でヒキコロスぞ!って里中に啖呵切っちゃったんだにゃあ」
「湯舟ぇ!」
なんでこいつは的を外してるよーで貫いてるよーな妙な間違いをするんだ。
おかげでの心配顔が一層際立っちまったじゃねーか。
「んなこと言ってねぇよ!おい御子柴!」
「えッ?」
「俺ぁちょっと練習遅れて行くからよ、先始めてろ」
「なんで?」
「すぐ戻ってくっから。おら、帰んぞ」
電車でヒキコロスまでは言ってないにしろ、里中を煽っちまったのは事実だ。
その標的が俺ならまだしも、に向かったんじゃ俺はどんなマヌケだ。
俺はケータイをの手に返し、そのまま下駄箱へ押しだそうとした。
けどはその俺の手から逃げるように一歩下がって、髪を耳にかけ。
「あの、私、ひとりでぜんぜん大丈夫だから」
「あ?」
「これからみんなで部活でしょ、がんばって。じゃあ」
「おい」
は笑ってそう言いながらそそそと離れて行き、くつを履き換え昇降口を出ていってしまった。
「なにやってんだよ桧山、早くおっかけろよ」
「ああ?ひとりでいいっつってんだから、いいんじゃねーの」
「桧山ぁ、逃げられたからってんなヘコむんじゃねーよ」
「誰がヘコんでるだ誰が!」
「桧山、」
「うっせぇ!もー行くぞ!練習だ練習!」
「桧山、手」
「ああっ?」
勢いよく振り返った俺の手を御子柴は指差していた。
俺の手には、バッチリ、のカバンが握られていた。
「・・・」
「さ、みんな練習練習」
「うぇーす」
カバンを見下ろし固まってる俺の周りをヤツらはぞろぞろ通り過ぎて行く。
なんだか恥ずかしいことこの上ない俺は、仕方なくくつを履き換え、を追いかけることになった。
「桧山」
「あ?」
グラウンド近くまで歩いていって、そこから部室へ向かう連中から外れて俺は校門のほうへ歩き出す。すると連中の中から安仁屋がひとり振り返り、俺を呼んだ。
「ほんとになんでもねーんだな」
確かめるように安仁屋が言うと、他のヤツらもみんな足を止め振り返る。
「ああ、なんでもねーよ」
「桧山、ケンカとか、ダメだからな」
「ああ」
「桧山、押し倒すとか、ダメだからな」
「若菜テメェ殺すぞこのヤロー!」
怒鳴ると、全員ぎゃははと大笑いしながら部室へと走っていった。
まったくガキかってんだよ、あいつら全員。
そのままどんどん遠くなってくあいつらは、いつもより少し遅れてる部活へと急ぐ。
俺はいつもより1個多いカバンを担ぎ直して、を追いかけ走った。
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