11
集合場所であるターミナルに生徒が続々と集まり、まだはっきりと陽も昇ってない早朝だと言うのにいつもとは違う場所、空気、私服の同級生にテンションを上げて騒々しかった。
「おいおい、自慢のトサカが泣いてんぜ」
「そんなヨユーねぇよ、5時起きだぜ」
「アメーな、俺4時起き」
「何張り切ってんだよお前」
「べつに、フツーだろ」
俺はいつも通りオールバックに髪を決めてきただけ。
けど関川の頭はセットされずバナナの皮みたいにヘタれてるし、湯舟と岡田はベンチに堂々と寝転がってて、若菜と新庄は床に座りこんで寝てる。御子柴や今岡も眠そうな顔、平塚に至ってはカバンを枕にしてまるでベッドの上のように大の字で寝てる。
「ほらもー時間ギリギリじゃない、走りなさいよ!」
「いてぇって、引っ張んなよ」
集合時間が近づき集まった生徒たちもクラス別に並びだすころ、遠くからバタバタと八木が安仁屋のカバンを引っ張りながら走ってきた。早朝6時半に空港集合なんて強行スケジュールぜったい誰か遅刻してくると思われたが、一番心配されていた俺たちは時間ぎりぎりに全員集合した。
「ねぇヤバくない?来ないよ、電話でないし」
「メールも返ってこない。完ぺき寝坊だね、やると思った」
「・・・」
俺たちの前に並んでる女のグループが、ケータイを手にあたりを見渡してる。
さっきからまるで姿が見えないと思ってたら、あいつはまだ来ていないらしい。
すでに点呼が始まってこれから飛行機に乗りこもうとしているというのに、あいつは。
「あ、来た来た!よかったー」
俺の前で女がひとり立ち上がり、遠くのエスカレーターから急ぎ走ってくるに手を振った。
ちっとも早くない足で駆け寄ってくる私服姿のは長い髪もセットされてないまま。
けどそれより目についたのが、そのと一緒に走ってる、里中。
朝っぱらから走って苦しそうなを気にかけながら里中は一緒に走って、やっとクラスの列に混ざったに里中は持ってた大きなカバンを渡す。
「大丈夫?」
「うん、ありがとう、ごめんね」
「ううん」
カバンを受け取ったから離れていく里中はそのまま自分のクラスへ歩いていった。
カバンを重そうに持ちながら俺の前にいる友だちの輪に加わるは、ハーと長い息を吐きながら座りこむ。点呼を取る教師に怒られて、気分悪そうに顔を押さえて。
「もー、なら遅刻するかもって思ってたけど、ホントにするんだから」
「だって、きのう寝れなくて・・・、ああ気持ち悪い・・・」
「小学生か!」
「てゆーかさ、なんで里中と一緒なわけー?」
「上の入口で会って、場所わかんなかったから、よかった」
「偶然?あーやしー」
「え?なんで、偶然だよ」
「ふーん?」
列の前で教師による注意事項が話されてる間も、前で小さく話してる(つもりの)女たちの、キャッキャ騒いでる声が癇に障って仕方ない。
そもそもさっき里中は、のカバンだけで自分の荷物は持っていなかった。
おそらく先にここに到着してて、いつまでもこないを上階の入口まで探しに行ったんだろう。
あの日、の家の前で里中に話をつけた時、俺が先にはけてからふたりがどんな会話をしてどういう結果になったのかは知らない。が、ふたりは元々噂されていただけに今もあいつら付き合ってんじゃねーのという話は度々ささやかれている。
「もう、ほんとになんでもないってば」
「ええー?でも里中はさぁー」
「うるっせぇ!」
「ひゃっ!あ・・・、桧山君、おはよう・・・」
「おはよーじゃねぇよッ」
「あ、うるさかった?ごめんね・・・」
俺の声にビビって振り返るは、今ごろやっとうしろの俺に気づいたような顔。
真っすぐ見る俺に(べつに睨んではない)ビクつきながら何度もゴメンねとくり返す。
コイツは、普段平然としてるクセになぜ今さら俺にビビるのか。
「ぶっ・・・」
「・・・」
何の光景を見てか、となりで関川が吹き出して笑った。
頭の上でヘロヘロの茶色いトサカが揺れている。
「んだよ」
「いや・・・せっかく気合い入れて来たのに、かわいそーだなって」
「ケンカ売ってんのかテメェ!」
となりのヘタレトサカを掴むと、関係ない前のがまたビクつき俺を振り返る。
近くに立ってた教師に「静かに」と注意をくらうと、関川はまた笑いをかみ殺した。
「ほっかいどー上陸ー!!」
わずか数時間で空の旅は終わり、初の北海道へと踏み出した俺たちは飛行機から今度はバスに乗り換える。睡眠不足の割にテンション高いバスの中、俺たちはうしろの席一帯を陣取ってガイドなんて聞かず大騒ぎ。まぁそれは俺たちに限ったことじゃなく、クラス全体がそんな感じだった。
「え、なんで?」
「ゴメン、ちょっと行きたいところがあって・・・、集合時間までには帰ってくるから」
「私たちはいーけど。なになに、どこ行くの?」
「函館市内なんだけど、ちょっと遠いんだ、ゴメンね」
大きく騒ぐバスの中、少し前の席の小さく交わされてる声が耳に入った。
ふたつ前の席に見えてるが、通路を挟んでダチに手を合わせ何かを頼んでる。
全員窓の外を見て大騒ぎしてるから、誰も通路を挟んで小さく話してるたちの会話なんて聞こえてない。
「ふーん、さては里中とデートかぁー?」
「えっ、違う違う!そんなんじゃないよ」
「ほんとにー?ウソくさーい」
「ほんとに、違うってば!」
楽しいオモチャを手に入れたガキみたいに、同じ話ばっかくり返す女ども。
それに毎度ちゃんと必死こいて手と首を振ってる。
そしていちいち登場する、「里中」。
・・・なんだかまた無性にイラッと来て、組んでた足で前のシートをガンと蹴った。
「いてぇなコラ桧山ぁ!」
「うっせぇーな!足がなげーんだよ!」
「なにチャンチャラおかしーこと言ってやがんだこの短足ヤロウがぁ!」
「ああッ!?」
「平っち落ち着いて!」
「桧山もやめろよ!なんで北海道まで来てケンカするんだよ!」
「うっせぇオメーは黙ってろ!」
前の席から乗り越えて掴みかかってくる平塚と、その隣の今岡、俺の通路挟んだとなりのシートから仲裁に入ってくる御子柴ともみ合い、うしろからは安仁屋たちがゲラゲラ大笑い。前から振り返って見てくるクラスの連中とマイクでやめろと叫んでくる先公で、バスは走る振動以上に揺れながら函館の町中を走っていった。
「おい御子柴ぁー、こっからどこ行くんだぁ?」
「カニ食べるんだろ?えーと、あっちだと思うけど」
バスを降りた先で自由時間になる俺たちは、とりあえず空っぽの腹を満たそうと歩き出した。けど俺たちはやりたいことの指定はしても、その場所や行き方は全部御子柴に調べさせたから右も左もわからない。事前に細かく調べた御子柴が先導する後をぞろぞろついていくだけ。
「あ、だにゃー」
ずらりと並ぶカニに手を出す俺たちの端で、カニの足をくわえる湯舟が店の前を通り過ぎて行く女子の集団の中のを指さした。
「あいつ私服のがかわいーよな」
「足ほっせー。つか修学旅行でミニスカって気合いがいーよな!」
「最近の女はやたらタイツ履くからな」
「朝と髪型違うな、上げてんのもいーじゃん」
「俺は下ろしてるほーがいーにゃー」
ガツガツカニに食らいつきながら俺の周りの岡田や関川や若菜が口々に批評して、その挙句にチラリと俺に振り返ってくる。だからなんで俺を見るんだ俺を。
「でさ、けっきょくあいつは里中とデキちゃったわけ?」
「しらねーよ、俺に聞くな」
「から聞いてねーの?」
「ねーよ」
「じゃ俺がにきーてきてやるにゃー」
「やめろお前は!座ってろ!」
ぴょんとイスを飛び越えて行こうとする湯舟の首根っこを捕まえて、元の場所に座らせた。
そもそも俺は、アレ以来とまともに話すことがない。
時々見かけると里中がふつーにしゃべってる様子からして、もう里中はに付きまとうようなことはなくなったようだが、実際どうなったか俺は何も知らない。
「てゆーかって、お前が狩られそーになったこととか知ってんの?」
「知るわけねーだろ」
「知らねーの?じゃーお前、なんも活躍してねーようなもんじゃん」
「うわーソンしてるなーお前」
「うっせ」
そんな、実はお前以上にけっこう危ない目に遭ってただなんてこと、わざわざ言うバカがどこにいる。カッコ悪いことこの上ねーじゃねーか。
「で、けっきょく桧山ってのこと好きなの?」
「ごふっ・・」
あっけらかんと聞いてくる湯舟の言葉に、思わず口からカニの身を吹き出した。
「ぶぁははっ、きったねー桧山ー!」
「古典的すぎ!なんだよそのリアクション笑え過ぎだろ!」
「桧山君じゅんじょー!」
「っせぇなテメーらコロスぞッ!!」
「ヒゲヅラで顔赤くしてんじゃねーよ!」
「ぶッコロス!!」
ゲラゲラ笑って逃げてく連中を、イスやテーブルをなぎ倒しながら追いかけていく。
ずらりと並んでる店の間の細い道にひしめく同じ学校のヤツらをかき分けて、うしろじゃまた御子柴がやめろと声を荒げてて、それでもあいつらがからかいながら逃げてくもんだから腹の虫はおさまらず追いかけ走った。
のこと好きなの?
ってそんなの、俺が何百回考えたことか。
【 PREV 】【 NEXT 】